賃上げしても人が辞めるのはなぜ?定着率を上げるための「第2の給与」とは

「昨今の物価高もあるし、スタッフには長く働いてほしい」 そんな思いで、決死の覚悟でベースアップや手当の増額に踏み切った経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、蓋を開けてみるとどうでしょう。「給料は上がったけれど、結局辞めてしまった」「期待したほど現場の士気が上がっていない」……そんな現実に直面し、無力感を感じている院長先生や経営者様も多いかと思います。
「お金の問題ではないなら、一体何が不満なのか?」 その答えは、心理学の有名な理論の中に隠されています。今回は、経営者が陥りやすい「賃上げの罠」と、本当にスタッフを定着させるための「もう一つのアプローチ」についてお話しします。
なぜ給料を上げても「やる気」は続かないのか
結論から申し上げますと、経営学(ハーズバーグの二要因理論)において、給与や労働条件は「不満を解消する要因」であっても、「満足を高める要因」ではないとされています。
これを「衛生要因」と呼びます。 例えば、衛生状態(トイレの清潔さなど)をイメージしてください。トイレが汚れていれば猛烈な不満を感じますが、ピカピカに掃除されていても「当たり前」と感じるだけで、感動して仕事のやる気がみなぎることはあまりありませんよね。
給与もこれと同じ性質を持っています。
- 給与が低い → 「強い不満」を感じ、辞める理由になる。
- 給与が高い → 「不満」は消えるが、それだけで「もっと頑張ろう!」という持続的な意欲(モチベーション)には繋がらない。
つまり、賃上げは「マイナスをゼロに戻す」行為であり、プラスを生み出すには別の要素が必要なのです。
衛生要因とは?
職務不満の防止にはなるが、積極的態度を引き出すにはほとんど効果のないもの
例)会社の方針、上司の監督、給与、人間関係、労働条件、作業環境 など
定着のカギは「心の報酬(動機づけ要因)」
では、スタッフを「この病院(会社)でずっと働きたい!」「もっと貢献したい!」という気持ちにさせるプラスの要素とは何でしょうか。 それは、「動機づけ要因」と呼ばれるものです。具体的には以下の2つが大きな柱となります。
1. 承認欲求を満たす(自分の存在価値)
「院長は自分の仕事を見てくれている」「私の提案が採用された」といった感覚です。 特に動物病院や専門職の現場では、日々の忙しさに追われ、良い仕事をしていても「やって当たり前」になりがちです。
金銭的な報酬だけでなく、「○○さんがいてくれて助かったよ」という言葉や、役割を与えること自体が「心の報酬」となり、帰属意識を高めます。
2. 成長実感を持たせる(未来への期待)
人間は「昨日よりできるようになった自分」を感じるとき、大きな喜びを感じます。 単に作業をこなすだけでなく、新しい手技を覚える、後輩指導を任される、あるいは外部研修に参加するといった「成長の機会」が提供されているかどうかが重要です。
「ここにいれば、自分はもっと成長できる」と思える職場からは、人は簡単には離れません。
動機づけ要因とは?
組織構成員の積極的態度を引き出すもの
例)達成感、承認、仕事そのもの、仕事への責任、昇進 など
もちろん、生活の基盤となる給与(衛生要因)を整えることは大前提であり、そこに取り組まれた先生方の経営努力は素晴らしいものです。その努力を無駄にしないためにこそ、次は「動機づけ要因」に目を向けてみてください。
「お金」という物質的な報酬と、「承認・成長」という精神的な報酬。 この両輪が噛み合ったとき、組織は驚くほど力強く回り始めます。
今すぐできるアクション
まずは明日、スタッフ一人ひとりに対して「具体的な行動」を褒める・感謝することから始めてみませんか?
単に「お疲れ様」と言うだけでなく、 「さっきの電話対応、患者様が安心していたね。ありがとう」 「○○の処置、前よりスムーズになったね」 と、"あなたを見ていますよ"というサインを1日1回伝えてみてください。その一言が、数万円の昇給以上の効果を発揮することがあります。
動物医療 × DX × 中小企業診断士
大澤 正己


