【第5回】利益はあるのに現金がない?動物病院の「在庫」を見直して資金繰りを改善する方法

決算書や試算表を見ると、しっかり「黒字」になっている。それなのに、通帳の残高を見るとなぜか心許ない……。「利益は出ているはずなのに、手元に現金がない」という不思議な現象に悩まされてはいませんか?
もしかすると、その答えは診察室やバックヤードの「棚」にあるかもしれません。
積み上げられた療法食、使いかけのまま奥に追いやられた薬剤、大量にストックされた消耗品。これらは単なる「モノ」ではなく、実は「姿を変えた現金」なのです。今回は、経営を圧迫する「動かない在庫」にメスを入れ、病院のお金の流れ(キャッシュフロー)を健康にする方法について考えていきましょう。
在庫は「眠っている現金」である
多くの院長先生は、診療技術やスタッフの育成には熱心ですが、在庫管理に関しては「無くなったら困るから、多めに買っておこう」と、どんぶり勘定になりがちです。
しかし、経営の視点で見ると、在庫を持つということは「現金をモノに変えて、倉庫に寝かせている」状態を意味します。
例えば、100万円分の薬やフードを仕入れたとします。この時点で、病院から100万円の現金が出ていきます。しかし、これらが患者様に処方・販売されて代金を回収するまでは、1円も現金を生み出しません。棚にある間は、ただの「コストの塊」として眠っているのです。
期限切れ廃棄は「現金を捨てている」のと同じ
さらに恐ろしいのが、期限切れによる廃棄です。 もし、仕入れ値1,000円の薬を期限切れで捨ててしまったとしたら、それは「1,000円札をシュレッダーにかけた」のと全く同じ意味を持ちます。廃棄損は、利益を直接削り取る大きな損失です。
「在庫回転率」で在庫の健康状態をチェック
では、どのくらいの在庫量が適正なのでしょうか? それを知るための指標が「在庫回転率」です。これは、一定期間に在庫が何回入れ替わったか(売れたか)を示す数値です。
※平均在庫金額 = (期首在庫棚卸高 + 期末在庫棚卸高) ÷ 2
この数値が高いほど、商品は活発に動いており、現金化されるスピードが速いことを意味します。逆に低い場合は、在庫が滞留しており、資金繰りを悪化させている可能性があります。
適正な在庫量を目指すメリット
- 手元資金が増える: 過剰在庫を減らすだけで、その分のお金が手元に残ります。
- スペースが広がる: 不要な在庫がなくなれば、スタッフルームや処置室を広く使えます。
- 管理コストが下がる: 棚卸しの時間が短縮され、スタッフの負担も減ります。
今すぐできるアクション
いきなり複雑な計算をする必要はありません。まずは物理的な整理から始めましょう。
「不動在庫」のあぶり出し
まず、スタッフ全員で「ここ半年間、一度も動いていないモノ」に赤いシールを貼ってみてください。 驚くほど多くの赤いシールが棚に並ぶはずです。それが、経営を圧迫している犯人です。
- 返品・交換の交渉: 卸業者さんに相談してみる。
- 早期消費: 代替可能な薬剤であれば、優先的に使用する(もちろん医療上の判断が最優先です)。
- 廃棄: 今後も使う見込みがなければ、思い切って処分し、スペースと管理の手間を空ける。
発注ルールの見直し
「少なくなったら発注」という曖昧なルールを、「残り○個になったら、○個発注する」という定点発注に変えましょう。特に高価な薬剤や、回転の遅い療法食については、院長先生の決裁を必須にするのも一つの手です。
さいごに
「在庫管理」と聞くと地味で面倒な作業に思えるかもしれません。しかし、これは「現金の管理」そのものです。
棚に眠っている在庫を適正化することは、融資を受けるのと同じくらい、資金繰りを改善する効果があります。 まずは棚の整理から始めて、病院の「血液」であるキャッシュの流れをスムーズにしていきましょう。もし、自院の適正な在庫水準や原価率の分析でお悩みでしたら、いつでもご相談ください。
全5回に渡って「役に立つ数字分析」をご紹介いたしましたが、いかがだったでしょうか。
「経験や勘だけに頼らず、定量的に分析して行動に移す」事の重要性をお分かりいただけたかと思います。
今後の業務や経営にご活用いただければ幸いです。
今回の記事のポイント
・在庫は「モノ」ではなく「姿を変えた現金」。棚に眠らせるのは現金の塩漬けと同じです。
・期限切れ廃棄は、現金をそのまま捨てているのと同じ。利益を直接削る行為だと認識しましょう。
・まずは「半年動いていない在庫」を可視化し、発注ルールを見直すことから始めましょう。
動物医療 × DX × 中小企業診断士
大澤 正己


