【第4回】LTV=信頼の総量。動物病院経営を安定させる「3つの数字」

「最近、新しい患者さんが減った気がする……」 「今月もまた、Web広告の予算を増やさないといけないだろうか」

院長先生、あるいは経営者の皆様、毎月の新患数が気になってしまい、夜も眠れないような不安を感じてはいませんか?

確かに、事業を継続するために「新しい出会い」は不可欠です。しかし、必死に水を注ぎ込んでいるそのバケツの底に、もし「穴」が空いていたとしたらどうでしょう。どれだけ高額な広告費をかけて新規客を集めても、同じくらいのペースで既存の飼い主様が離れてしまっていては、経営はいつまでたっても楽になりません。

今回は、経営を根本から安定させるための最重要指標「LTV(顧客生涯価値)」について、少し丁寧に掘り下げて解説します。

なぜ「新規」より「LTV」なのか?

まず、マーケティングの世界には「1:5の法則」という有名な経験則があります。これは、「新規顧客に販売するコストは、既存顧客に販売するコストの5倍かかる」というものです。

全く接点のない人を振り向かせるには、多額の広告費が必要です。しかし、既存の飼い主様であれば、ハガキやLINE一つで再来院を促すことができます。つまり、経営効率を高めるには、新規を追うよりも、既存の方との関係を深める方が圧倒的に有利なのです。

この「関係の深さ」を数字で表したものが、LTVです。

LTV(顧客生涯価値)を分解してみる

LTV(Life Time Value)とは、直訳すると「顧客生涯価値」。 動物病院経営においては、「一人の飼い主様(一頭のペット)が、初めて来院してから亡くなる(あるいは引越す)までの間に、病院にもたらしてくれる利益の総額」を指します。

言葉だけだと難しく感じるかもしれませんが、数式にするとシンプルです。

LTVを決める3つの要素

LTVは以下の掛け算で決まります。

  • LTV = ①購入単価 × ②購入頻度(来院回数) × ③継続期間

多くの経営者は「①単価(診療費)」を上げることに注目しがちですが、値上げは心理的ハードルが高いものです。しかし、LTVの視点で見れば、売上を上げる方法はあと2つあることに気づきます。

  • ②頻度を上げる: 年1回のワクチンだけでなく、健康診断や爪切りで来てもらう。
  • ③期間を延ばす: 離脱(失客)を防ぎ、シニア期まで長く通ってもらう。

この②と③を伸ばすことこそが、飼い主様との信頼関係(ファン化)の証であり、無理なく経営を安定させる正攻法なのです。

「治療の終了」がLTV向上の分かれ道

LTVが伸び悩む最大の原因は、「治療が終わったタイミング」にあります。

飼い主様の多くは、ペットの具合が悪い(マイナスの状態)から来院します。そして治療によって元気(ゼロの状態)に戻ると、「もう病院へ行く必要はない」と判断します。これでは「③継続期間」がそこで途絶えてしまいます。

「マイナスをゼロ」から「ゼロをプラス」へ

ここで重要なのが、「ゼロをプラスにする提案」です。 病気を治す「Cure(治療)」だけで終わらせず、健康寿命を延ばすための「Care(予防・ケア)」へ移行できるか。

「病気じゃないけど、先生に会いに行く」 そう思っていただける関係性を作ることこそが、結果としてLTV(=信頼の総量)を最大化させるのです。

今すぐできるアクション

明日から実践できる、LTV(特に頻度と期間)を高めるための具体的なアクションを3つご提案します。

1. 治療終了時の「次回予告」を徹底する

病気が治った際、「これでもう大丈夫です」だけで終わらせていませんか? 「○○ちゃん、よく頑張りましたね!次は3ヶ月後のデンタルチェックで、元気な顔を見せてくださいね」と、治療完了を祝い、同時に次のポジティブな来院理由(頻度アップ)をその場で約束しましょう。

2. 飼い主様への「情報提供」を止めない

来院がない期間こそ、関係性(期間)を維持するチャンスです。LINE公式アカウントなどを活用し、「今の季節に気をつけたい皮膚トラブル」などの有益な情報を発信し続けましょう。「何かあったらここへ」というマインドシェアを維持します。

3. 健康な子でも来やすい「入り口」を作る

「病院=病気の時に行く怖い場所」というイメージを払拭しましょう。体重測定だけ、パピー教室、シニア相談会など、医療行為以外で気軽に立ち寄れるメニューを用意することで、来院頻度を高めることができます。

さいごに

LTVという言葉は「お金」の話に聞こえるかもしれません。しかし、本質は「一頭のペットとどれだけ長く、深く付き合えたか」という、獣医療の理想そのものです。

目の前の治療だけでなく、その子の生涯に寄り添うパートナーを目指すこと。それが結果として、病院の経営を盤石なものにします。 「自院のLTV現状分析をしてみたい」「具体的な予防プランを作りたい」とお考えの院長先生は、ぜひお気軽にご相談ください。数字と想いの両面からサポートいたします。

次回の第5回では、「在庫管理・原価率」についてご紹介します。皆様のお役に立てれば幸いです。

今回の記事のポイント

・1:5の法則が示す通り、新規集客よりも既存顧客の維持が経営効率を高める。
・LTVは「単価×頻度×期間」。単価以外の「頻度・期間」を伸ばす施策が重要。
・「治療終了」で縁を切らず、予防やケア提案で「一生の付き合い」に転換する。

動物医療 × DX × 中小企業診断士
大澤 正己